今のポルカは昔ながらの安普請が多い旧市街と、森の木材や技術、ときにはドラゴンの整地能力をも活用した新市街の両方があり、旧市街の方も徐々に建て替えが進んでいる。
そりゃあ元々の住人だって、綺麗な家が続々建つ中でボロ家に住み続けたくはないものだ。男爵が買い上げた上でエルフの家師とセレスタのオーガ大工の力で立派に建て替えた猫屋敷などの例も後押しになった。
グランジ建設以降、ポルカの魅力に惹かれてこっちへの移住を決めたオーガの建設作業員たちも多く、彼らにはちょうどいい働き口でもある。
冬場は雪かきに剛力と上背が重宝され、いつしかオーガはポルカにいなくてはならない存在になりつつあった。
そんなわけで、エルフたちとの接触からたったの 15 年ほどで居住区が数倍にもなりつつあるポルカだが、そのうちの一区画には特に色っぽい女性が集まっていると評判だ。
それもそのはず、コスモスさんのところの娼婦……いや、元娼婦が次々に移住しているのだから。
コスモス本舗の娼婦は元々借金などで沈められたわけではない、好きでセックスを生業にしている女性がほとんどだ。そのため、辞めるにしても大したしがらみもなく、ポルカに来た勢いでそのまま定住してしまう人が結構いる。
オニキスのメイド団もたまに退職して住み着く子がいるが、こちらは結構珍しい。メイドとはそんなに蓄財しているものではないのです、とメイド長が言ってたのも関係あるかもしれない。単に誰かに仕えた上で犯されたい性癖持ちの難儀な一団であることも一因だと思うけど。
閑話休題。
こっちに住み着いてしまったコスモス本舗の元娼婦たちは、元々向こうの業態の関係で、調理技術や商売の才能など、セックス以外の得手があることが多く、また男慣れ・異種族慣れしているために、体の大きな男たち相手にも全く引けを取らずに渡り合える。
そのため、大きく広がったポルカの新たな需要に対応する新興商業勢力として、馴染み具合がすごい。
「ご主人様ー、いますー?」
「コスモスさん。こっち、奥だよ」
ヴェイパー・パレスの発明工房で新型鎧をいじっていた俺のところに、コスモスさんがやってくる。
パレス内なのにちゃんと服を着ている。そのことにちょっと驚いてしまいつつ、今日は俺も着衣。
鍛冶仕事を裸でやるのはアホだからね、うん。
「東区の元ウチの娼婦たちの生活調査なんですけど、今日片付きまして……いやーみんなたくましく商売しててちょっと誇らしいですねえ……」
「まあ本舗出身者なら困窮することはないと踏んでたけど、みんな元気なら、よかった」
例の「S&F財団」、そして雌奴隷たちの実家パワーと、ドラゴンのもたらす様々な恩恵によって、とんでもなく裕福になったとはいえ……俺の財産も無限ではない。
雌奴隷として「身内」になった女の子たちならまだしも、それを選ばずに自活することにした娼婦たちを一手に面倒見るのはちょっと難しい。というか、手を離れた相手にまで対象を広げてしまうと、養育するべき範囲が広くなりすぎてキリがない。
だが、困っているなら手を貸すだけのよしみはある。
そのために定期的にコスモスさんに様子見に行ってもらっているのだが、さすが商売の国の女たちというべきか、俺たちに助けを求めるほど困っている女性は今まで出たことがなかった。
「リンは旦那さんと喧嘩して離婚寸前らしいですけど、まあそれは当人たちの問題として。シャスタはマッサージついでにお客さんのおちんちんをつい癖で絞っちゃって、とか言ってたんでちょっと叱っておきました」
「あー……まあそういうサービスは、やるならやると届け出ておいてもらえないとなあ」
こっちで娼婦として客を取る取らないという営業許可は、男爵からの認可を受けてコスモスさんが管理している。
ちょっとした小遣い稼ぎなら目を配り切れるものではないが、生活を懸けるとなればどうしても縄張り争いや料金トラブルが発生するので、治安面からも野放しではいけないらしい。
そしてマッサージ店で性的サービスを行うのはだいぶ黒寄りのグレー。
そういうのを要求していい店とわかれば、客はそのつもりになるのだ。
往時のヒルダさんのように、無料でもいいし誰でも挑戦を受ける、というほどの猛者ならまだしも、たまたま気まぐれでヤッちゃった、みたいなのはトラブルが起きやすい。噂を聞いて期待して行ったらヤらせてもらえなかった、ふざけるな、なんて理不尽なこともないとは言い切れないのだ。
「じゃあ今回もこっちで手を出さなきゃいけないようなことはなし、と」
「そうですねー。あ、何人かはパレスまでご主人様とエッチしに来ていいか聞いてきましたけど、よかったんですよね?」
「まあ……それはいいけど、もちろん旦那さん持ちの人は控えてもらったよね?」
俺の雌奴隷入りをしなかった人たちなので、何人かは普通に結婚している。その仲をこじれさせるのは本意ではない。
みんな忘れがちだけど俺は基本的には女の子と関係持つのは慎重派なんですよ。明らかに他の男の影がない子には軽率になれるけど、基本的に誰かと争ってまで女の子に手を出すのは嫌なわけですよ。
「ご主人様のそういう意向は常々伝えてはいるんですけど……でもほら、他の男を味わったからこそご主人様の良さが忘れがたいって子もいるので……」
「マジでそういうのはナシにしよう!? 俺それで恨まれたらパーフェクトに悪者にしかならないからさ!?」
娼館の実質オーナー兼、百人クラスの美女を温泉ハーレムに囲ってる稀代の女ったらし。
それが足を洗った娼婦に、なおも折に触れて手を出しているとなれば、どう考えても悪。
「別にそれで突っかかられてもエマさんあたりが止めるから大丈夫ですよ ♪」
「悪党ぶりが加速するじゃん!?」
本当、みんな不幸にならない道を模索していきたい。たとえそれで泣かずに済むのが一人二人であっても。
で、現在子供たちや雌奴隷たちとの時間を削ってまで作っている新型鎧。
「そろそろ完成ですか?」
「もうちょっと煮詰めたいところかなあ。これで完成でもいいんだけど、まだ一味足せる気がする」
新型、というだけあり、今までに俺が手掛けてきた鎧とは一線を画する。
何がというと、あらゆる高級素材を一切遠慮なく、妥協なく使って作っているのだ。
手に入るあらゆる金属素材はもとより、裏当てにはドラゴンのなめし革(なめすのに特殊な薬剤が必要で、その技法はシルバードラゴン本人たちから聞き出した)、シルエットを整えるためのスペーサーとしてエルフ領の特殊木材、それに加えて要所の防御にドラゴンの鱗を使用し、さらには鎧下に絹の鎖で作ったネットを張り付けて簡単なチェインメイルとするなど、あらゆる安全策を施している。
あまりにも材料が特別なために塗料が馴染まず、見た目がちょっと派手すぎるところがあるが……これを着ればよほどのことがない限り、体への深刻なダメージを受けずに済む。
できればヘルムもつけてほしいところだが、それに関してはなー。俺の若い頃からほとんどみんなつけてないしなー。
「素材的に値段がつけられそうにないですよね……向こうでは偉い人たちに委細伝わっているはずですから、捕まることはないでしょうけど」
「まあね。そういう難しさ含めて、完全にワンオフだからできたんだ」
鉄叩きとしての一切のプライドをも捨てて、ただひたすら最高の性能だけを追い求めた究極の一品。
かつてどんな強敵を相手にしたときも、こんな防具を作ったことはない。まあ、敵に合わせて防具なんか用意してる暇はないものだけど。
それを着るのは ──。
「しばらくぶり、パパ!」
「父上、ご機嫌麗しく」
天真爛漫な姉と、子供ながらに優雅な弟。
テテスの子供たちがヴェイパー・パレスに到着する。
「よく来た、ソニア、ティルス」
子供たちは貴族。
その彼らに品のない姿を見せるわけにはいかない。パレスでの通常フォームである全裸なんてもってのほかだ。
今日ばかりは、と、オレガノに仕立ててもらった新品の高級服で出迎える。
彼らがポルカに来るときは毎回こういう見栄を張っているが、さすがにパレス中の雌奴隷やドラゴン、それに滞在中の娼婦やメイド団にまで立派な服を与えることはできないので、背後は結構全裸パラダイスのままでちょっとだけ気まずい。
もう慣れたと思いたいけど……ごめんなティルス。やっぱり平然とはできないよな。
いや、そもそもみんな文明人なのだし、「今日は服着てろ」ぐらいの命令はしてもいいんじゃないか、と今さら思うも、一切気にしない姉のソニアがパレスの屋内に駆けて行ってしまったのでとりあえず諦める。
「父上、ここは相変わらず……その、奔放ですね」
「ま、まあな……いろんな種族がいるからな」
種族の問題としてぶん投げるという我ながら雑過ぎる対応をしつつ、初心な息子を居室に案内する。数日は滞在させる予定だ。
「テテス、ソニアの方を頼む。もうここも慣れてるだろうが、変なトラブルにならないように」
「はーい ♪」
「あと俺がこれだけ着飾ってるんだから、お前もしばらくは母親の威厳を維持してくれ」
高い塀に囲まれているとはいえ、まだ露天のドラゴン発着場で貴族服を脱ぎ始めているテテスに釘を刺す。
子供たちがお前に持っている幻想を大事にする意味でも、あまりそういうフリーダムを見せつけるのはどうかと思うんだ。
「ここはこういうルールなんですから、それも従うべき道理ってものですよ ♪」
「……ティルス。わかっているだろうが、別にここは裸にならなきゃいけないわけじゃないからな? あくまで任意なんだ。裸になってるお姉さんたちはただ変態気味なだけだから、従わなくていいんだぞ」
「は、はい……」
赤くなって俺の陰に隠れるようにしつつ、ついてくるティルス。味わい深い。
ポルカにいる息子たちはもう、女の裸にこんな反応しないからなあ。クラウなんてどんなおっぱいが目の前で揺れてても無反応だし、ピーターは堂々とスケベ顔で勃起しながら追いかけ回すしなあ。
っと。
「ソニア! はしゃぐのはそこそこにしておいて工房に来てくれ! プレゼントがあるんだ!」
「えっ、本当!?」
さっそく顔見知りの姉妹を見つけて再会を喜んでいたソニアだが、プレゼントと言われて喜色をあらわにする。
うんうん。やっぱり子供に喜んでもらうのは嬉しいものだな。
「ソニアにだけですか?」
「あー、ティルスには次に作るよ。正直、ソニアの分も慌てて作ったからさ」
「約束ですよ」
「ああ。今日はお前の分は予約ってことで勘弁してくれ」
ティルスにそう言って微笑み、許してもらう。
ソニアにこれを用意したのは、予想以上に早くガントレットナイツに匹敵する戦闘力を認められてしまったからだ。
ベルガとの手合わせを見ていた他の騎士たちに、そこまで強いなら実戦にも、と誘われて、結局その気になってしまったらしい。本採用ではないが、やってみるだけでも、と。
レンファンガスの国情的に、それを「趣味じゃない」と笑い飛ばすのも良くない。特に王配であるアレックス・バスターの血縁者となれば、馬鹿なことを言うな、と突っ張るわけにいかないところもある。
聞けばテテスも、最初に魔物と戦ったのは今のソニアとそう変わらない歳でのことだったとか。
が、いくらブラックアーム相手にたまに一本取るほどの腕を見せたとはいえ、まだ子供としか言いようのないソニアを魔物たちの只中に送り出すのは気が気じゃない。
万一のことがないように、アレックス氏やフェリオスにも重々頼む手紙を書き、それでも不安なので贅を尽くした鎧を仕立てたというわけだ。
武器の方は、あのバスター家なので俺が作るより立派なものがあるかもしれないが、防具ならこうしてなりふり構わない覚悟で作れば、間違いなくどんな職人の作品よりも頑丈な代物は作れる。
というわけで、自信満々にソニアの前で布をバッと取り去り、作品披露。
果たして、娘の反応は。
「……ダサすぎ……」
父は死んだ。
「し、しっかり、父上! 父上ー!!」
崩れ落ちた俺をティルスは健気に揺すってくれた。ありがとう息子よ。
そして娘よ。それは本当にすごい品なんだ。金で買おうとしたらきっとお城の一つくらい買えてしまうようなレベルのだな。
「それよりパパ、ビキニアーマー作ってよ! シャロンさんみたいなやつ!」
「ビキニアーマー……!?」
お前……親に……ビキニアーマーを、作れだと……!?
まだ子供の我が娘に半裸の鎧をあつらえろと……!?
「そんなことできるか!」
「えーなんで! ガントレットじゃパパが最高のビキニアーマー職人って伝説になってるのに! どうして私へのプレゼントがこんなクソダサいやつなの!?」
「ツッコミが追いつかない!!」
なんで俺が伝説のビキニアーマー職人になってるんだ。バスター家の婿的扱いの俺が。
どうしてそんなにビキニアーマーに憧れるんだ。
あとこれそんなクソとか言われるほどダサい?
それと俺のビキニアーマー制作ってめっちゃおっぱい揉むぞこのやろう。
……ねえそんなダサかった?
俺わりとデザインのセンスは褒められてたのにお前の一撃でプライド粉々だよ?
本当そんなに駄目……?
「父上、私は父上のこの鎧も素晴らしいと思います。なんでしたら私にいただければ」
「ティルスはそもそも剣持って戦わないだろ……」
「ええそれはまぁ……」
あと一応女の子用の体型で作ったからティルスには……いやまあ子供だし双子だし、着て着られなくはないのか……?
「じゃあティルスにあげるから代わりにビキニアーマー作ってくれる!? 明日できる!?」
「さすがにそんな早くはできないよ! ってか人前であんな裸みたいな恰好で戦うのは許しません! あれは大人になってから!」
「大人になってからの方が駄目なのでは……?」
ティルス。大人には棚上げ、先送りという戦略があってだな。
いや実際そういうの子供に言っちゃ駄目なんだけど。
……なんなのレンファンガス。なんで女の子にビキニアーマーそんなに流行るの。
※シャロンのような堂々と魅せる美女騎士がいるせいらしいです。